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2011年12月 5日 (月)

〈日本語に訳しました〉ニューヨークタイムス(2011年11月17日)「好機を逸する原発事故後の日本の電力改革」

ニューヨークタイムス(2011年11月17日)
「好機を逸する原発事故後の日本の電力改革」
文責;大西 哲光、マーティン・ファクラー

〔東京〕 使いものにならなくなった福島原子力発電所を抱えた東京電力に対する反乱として、東京都は原子炉1基相当の電力を生み出す巨大な天然ガス発電所建設へと迅速に動いている。

 そうした発電所は、福島第一原子力発電所での3月のメルトダウン後の首都の電力の安定供給を確保することになる。しかし、より重要なのは、都が言うには、それが日本における必要な変革に大きく拍車をかけることになりうるだろうということである。東京電力すなわちTEPCOを弱体化することで、改革者たちは、かつては日本の戦後の急成長を牽引し、今は長引く不況から抜け出せない状況をつくっている財界と政府との癒着という楔をついに打ち砕くことを望んでいる。

 猪瀬直樹東京都副知事は「川に落ちた猛犬は叩け」という古い諺を引き合いに出し、「今が我々の好機だ」と述べた。「3月11日、東電は水に落ちた犬になった。こうした強敵に立ち向かえるのはそのときしかない。」

 それほどの強敵であるため、実際、日本の指導者たちが、まるで終戦時のように、原子力災害をある種の再生に結びつけると誓ってからわずか8ヵ月で、根本的な変革の機会は急速に遠のきつつある。

 既に改革者たちは決定的な結びつきを失った。首相として菅直人は、原発廃止とエネルギー産業界の大変革を訴えた。東電の忠実な支持者であり、日本の権力組織の多くの人々同様に東電の施しから利益を得てきた日本の最も有力な事業者利益団体のおかげで、菅はその職を追われた。

 菅氏の後継者であり、新しい日本を築くと公約し政権を取った政党の野田佳彦は、逆に原発保守派や東電に与した。

「事故当初の数ヶ月はまさに変革の好機だと思った。しかし、現在は福島を抜本的な改革の契機とする動きは勢いを失いつつある。」と『東電解体―巨大株式会社の終焉』の著者で経済学者の奥村宏は語った。「日本の失われた10年、それは失われた20年となったが、今や失われた30年になる非常に大きな危機を孕んでいる。」

 アメリカの国防産業と並ぶほどの東電の影響力を誇張して言うことは難しい。
 
 事実上の独占と不透明な電力の料金体系のおかげで、東電は政治家や官僚、事業者にとっての規制の緩い大きな資金源のひとつとなった。そして、彼らは絶対的な支持と、原子力危機を招いた典型的な放漫監視でもって、東電に報いてきた。

 東電に対する孤軍の反乱は、数年前に国の道路建設独占企業に対して行動を起こして成功を収めた猪瀬氏のような政治家や、先の電力自由化への試みに挫折した後力を失った官僚集団や、幾人かの日本の最も革新的な企業家たちによって導かれている。

 彼らに相対するのが、東電と日本の9電力会社の市場を事実上ライバルもなく掌握することで長い間利益を得てきた者たちである。日本経済団体連合会、すなわち経団連は、日本最大のオンラインショッピング会社に成長し、海外に急速に事業拡大している設立14年の会社楽天の創業者で、同団体の最も有名人の一人である三木谷浩史と公知の対立を引き起こしてまでも、規制緩和への反対をはっきりと示した。

 ツイッター上で三木谷氏(46歳)は、そうした電力会社の「独占と、政治家・官僚・事業者・報道媒体間の癒着」が規制緩和を阻んでいると述べた。

 事業者連合である経団連の脱退にあたり、氏は日本の更なる「ガラパゴス化」-日本が内向きになり、先細りする国内市場に依存し、海外での競争力を失う傾向が強まることを表す新造語-に経団連が拍車をかけていることを非難した。

 電力産業の支持者たちは、自由化市場を持つアメリカのような国々での停電を引き起こしかねないと非難しつつ、規制緩和はただ国に損害を与えるだけだと主張する。

「革命論者たちは既存の物を打ち壊すことに楽しみを覚えるものだ」とエネルギー部門を所管する経済産業省元政務官であった近藤洋介議員は語った。「なぜ彼らは我々が世界に誇れるものを破壊する必要を感じるのだろうか」

 近藤議員とその盟友たちが優勢を握っていると思われる最も明確なしるしは、東電を破産させぬようにするとともに、福島第一原発近隣地域への避難を余儀なくされた9万人の住民への東電の補償に役立てるのに必要な多額の支出の手始めとなる同社への1150億ドルの資金投入という政府の最近の決定であった。

 東電の株主や債権者を保護する救済金はほぼ確実に電気料金の値上げを必要とする。これまで、その代わりに政府はほとんど何も求めてはこなかった。
「東電が勝ち、全く変わらず生き残る見込みは7対3である」と経済学者で規制緩和の支持者である八田達夫は述べた。「また津波が来て、他の原発が破壊されたら、公算は50対50になる。」

消費者への大きな負担

 政府の方針は、東電の権力の中枢に据えられている。

 日本は先進国の中でほぼ唯一送電網の規制緩和を行っていない。そのため、電力会社が発電と送電の双方を握っている。さらに付け加えると、電力会社は、しばしば多くの不明瞭支出を含む複雑な体系による電気料金の設定を認められている。経費がかさむほど、電気料金も上がるというわけだ。

 東電の経営を調査する政府委員会により先月公表された230ページの報告書によれば、原子力開発に係る国家戦略促進を志したこの政策が、東電に湯水のように金を使わせることを助長するという予測しうる結果を生んだということだ。調査委員会は、2009年の純利益が17億ドルで、192施設で日本の1/3の電力を賄っている東電では、通常では考えられぬほど莫大な額の契約を分け与えられた広大な関連会社のネットワークがあることを発見した。こうした会社のいくつかは、大規模メーカーと取引をまとめ、富の分配を受けられるようにした。

「すごいシステムだ」と、『東電帝国 その失敗の本質』の著者で東電を取材した元新聞記者の志村嘉一郎は語った。「割りを食うのは消費者だけだ。」

 じつは日本人はアメリカ人が払う電気代の平均2倍の料金を支払っている。

 おそらくさらに悪いことに、東電は日本最大の「銭箱」であったと批判する者たちもいる。設備やサービスを同社に提供する経団連の他のメンバーに膨れ上がった巨額の代価を支払う一方、政治資金集めのパーティーにおびただしい金額を寄付したり、研究費に気前よく金を投じたり、実際の競争者など全くいないのにニュースメディアに広告費を出したりしていた。また東電は政府官僚や警察官僚に対して実入りの良い天下り先も提供した。

 その見返りに、東電が日本の原子力体制の主役になったとしても、「原子力村」として知られる東電の悪習はほとんど問題視されずにきた。

「東電は癒着の中心にいる」と元東京大学総長の佐々木毅は語った。「東電の改善なしに原子力村の改革はできない。」

 東京電力取締役社長の西澤俊夫はインタビューの中で、東電が並外れた影響を持っているとの指摘に取り合わなかった。

「私は長い間東京電力で働いてきた。私たちがあれこれコントロールできるようなことではない。」と述べた。「そんな力は持っていない。」

独占打破へ向けた動き

 今月の初旬、日本北部のまち帯広において、東電や他の電力会社を将来脅かしうるソーラー発電所の建設が始まった。

 そのソーラー発電所とは、巨大通信会社ソフトバンク社長の孫正義が今後日本中に建設したいと考えている施設の第1号にあたる。日本一の資産家であり、もっとも革新的なビジネスリーダーとしても広く認められる孫氏は、10年前NTTの独占状態を打破した。

 電力網に対する電力会社の独占を緩和するため孫氏は、高まる反原発感情に呼応したものと思われる47都道府県中33の知事の支持を得た。

 それは、東京都が天然ガス発電を利用して小規模に行おうとしていることでもある。都の幹部によれば、その天然ガス発電で地下鉄や多くの公的施設を動かすのに十分な電力をまかなえるという。

 「少なくとも、私たちは改革の手段を得ていくべきだ。もちろん、あまりにも多くの既得権益があるので、全てを解決することはできないだろうが。」と猪瀬氏は語った。

 実際、猪瀬氏は、多くの企業の参入と競争を生むことになる発送電分離について多くの人が規制緩和の聖杯のように崇める中、その追求には慎重である。

 改革に向けた先の試みの失敗は、東電とその支持者らのもつ支配力の証しとしてしばしば引き合いに出される。多くの先進国が発送電分離を実現した後の1990年代半ば、通産省内の小さなグループが同じことを試みようとした。

 東電と他の電力会社らは強固にその改革を拒んだ。自民党議員であり、党内の数少ない原発に批判的立場にある河野太郎によれば、彼らは、当時与党であった自民党にも手をのばしたという。東電と経団連は、東電の元副社長であった加納時男を巧みに選び出し、経団連のために党が確保している議席を与え、通産省内の反逆者たちを押さえ込むのに一役買わせた。

 経団連は本稿に関してコメントすることを拒んでいる。東電の西澤社長は発送電を分離しないことが電力供給の安定化にとって最善策であると語った。

 政治的な支持を得られなければ、村田成二という官僚が率いる省内グループに勝算などなかった。

「村田派はクーデターによって排除されてしまった。」と核問題に関する執筆を多く手掛けた塩谷喜雄は語った。

 そして福島原発の事故が起きた。村田氏の片腕の一人である日下部聡は来夏までに新エネルギー政策の草案を作成する役割を担うことになった。内閣府で働く日下部氏は、(経済産業)省内の反対にも関わらず発送電分離を共に推進しようと10年前からの二人の仲間を呼び戻した。

 しかし、前首相によって任命された日下部氏のチームが実際にどの程度の力を持つのかは不透明である。政府は10年前同様、電力業界や原子力に対する批判を鎮めるために、影響の少ない変革を行うにとどまるかもしれないと専門家らは述べている。

市場開放の試み

 名目上は、日本の電力業界の多くは過去10年間に自由化されてきた。福島原発事故によってますます明らかとなったその電力自由化の空虚さは、昨今の挑戦者たちの直面している困難さが浮き彫りにする。

 東電と電力業界への保護は自由民主党の長期政権下で始まったものの、財界と政界の癒着を正すという公約の下2009年に政権を奪取した民主党政権下においても引き続いてきたことを歴史は明らかにしている。

 電力会社の事実上の独占体制を打破する試みの一つとして、日本の電力市場の60%は2005年までに、いわゆる特定規模電気事業者(PPS)という(主に自家発電を行う事業者から)電力を購入したり、企業向けに電力を売却したりできるブローカーのような会社に開放された。また、日本卸電力取引所(JEPX)という市場が電力の卸売取引を行うために設立された。

 しかし、電力会社の1/3の安価な電気料金を設定しながらも、電力会社の送電線に依存しなければならない新規参入業者たちの市場でのシェアはわずか2%だ。顧客を奪われたくない電力会社は、新規参入業者たちが送電網を利用するのを難しくしている。 

 福島原発が3月に停止したとき、東電は関東に十分の電力を供給することができなくなり、新規参入業者たちはチャンスが巡ってきたと信じた。それどころか政府は、新規参入業者の顧客も含む全ての電力の大口需要家に、15%の電力消費削減を命じたのである。

 その政策によって新規参入事業者は、事実上15%分の余剰供給を得ることになったのだが、それについて政府は、東電に売るという“解決策”を示した。

 新規参入業者の最大手の電力会社エネットを6月に退職した武井務元社長は「理論上は我々は競争していることになっていた。」と語った、「(しかし)真の競争市場では、ライバルがダメージを負えば、自社のシェアを増やすチャンスとなるはずだ。」と。

 エネットは、顧客に対する価格よりも安い価格で電力を直接東電に売ることを強要された。その損失は月々約13万ドルにもなったと言われている。

 電力自由化をめぐる過去の他の試みにおいて、他の電力会社が東電とあるいは他の電力会社同士で競争を許されたこともあった。しかし電力各社は、独占状態を維持することを選び、競争しようとはしなかった。そして福島原発の事故以来他の電力会社は、東電の下で強く結束し、その様は明らかに東電の崩壊は自社の崩壊を意味するものとして恐れている。

 原発を抱える他の電力会社は、東電に対する救済措置のうち9千万ドルを負担することにさえ同意したが、そのことが暗示しているのは東電が幾年にもわたって積み上げてきた同社の強大な影響力というものが、現時点では無傷であるということだ。

「(長年にわたって東電が積み上げてきた同社の強大な影響力は)東電を守り、そのまま維持するために築き上げられてきたものである。」と『東電解体―巨大株式会社の終焉』の著者の奥村氏は語った。しかし問題なのは、その救済措置が「単に1社に関するものではないことだ。(つまりは、日本の将来に関する問題でもある。)」と述べた。

 東電への戦いは、将来の日本のあり方をかけた競争へと発展した。

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コメント

国内では報道されない内容です 既得権益を守るために日本社会の改革が阻止されている構図がかいま見ることが出来ました 少し恐かったです

投稿: 川本修滋 | 2011年12月11日 (日) 15時37分

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