午後1時からの都議会は、築地移転問題で紛糾して、開始が延期された。そこへティモシー・クーパー君が電話が入った。いつ議会が始まるかわからないが、明日、帰国するならば、副知事室へ顔を出していいですよ、ただし議会が開始されたら居ないよ。
シアトルのワシントン大学学生のティムは、僕の近所の家にホームステイして、一年間青学に通った。ホームステイ先の家のご主人と僕の妻が犬の散歩の知り合いで、拙著『ピカレスク 太宰治伝』を読んでいるアメリカ人学生がいる。先生にお会いしたい、と言っている。では勝手に電話させなさい。ということでホントに勝手に電話がかかってきたのである。
青学で何を勉強しているのかね?
「太宰治と井原西鶴です。ゼミは26人中、女性が22人です。もうひとつのゼミは、プロレタリア文学や大正時代の文学です。そちらは10人ぐらいで、女性はそれほど多くはない」
『人間失格』はね、あれはほんとは、自分だけ合格で、世間が失格だと言っているんだよ。それを読み違えている若者が、日本には多いんだよね、と言ったら、あれだけ自殺未遂を繰り返して生き残るのは、強いということですね、とわかっていた。
東京新聞の斎田記者が「放射線」(コラム)のゲラをもってきた。ニューヨーク特派員をしていたので、ティムとしばし会話。
そのあと入れ違いにテレビ朝日のコメンテイター、川村晃司さんが来訪。彼もニューヨーク特派員を経験している。テレビ朝日に入社してすぐ都庁クラブに派遣されたという。美濃部都政の時代だった。
いまの民主党のバラマキ政策は、美濃部都政と似ているね、と言ったら、川村さんは、まったくその通りだね、という感想を述べた。
川村さんとティムが帰ったあとも、都議会ははじまらない。結局、午後7時15分にはじまり、43秒で終わった。明日の3月26日金曜日に延期、異議なし、だけ。
ところで国政のほうの民主党だが、小沢幹事長に対する批判が強いうちに安住淳議員が政調会の復活を訴えて認められたようだ。あたりまえだ。安住議員が正しい。
年末に刊行された『日本の論点2010ー120の直言』(文藝春秋刊)に、「政調会をつぶした民主党。公開の議論を封じれば官僚の思うツボである」という小論を書いた
いまの民主党になにが欠けているか、示しておいたので一部を抜粋する。
55年体制を熟知している民主党の小沢幹事長は、政権交代後、民主党の政調会をつぶした。すべて大臣、副大臣、政務官の政務三役会議で決める、というシステムを採用した。
しかし、政府に入った議員は七十人程度である。民主党は衆議院議員三百人に参議院議員百人、合計四百余人のうち三百三十人は国会における多数決要員にすぎない、ということになる。立ったり坐ったり、挙手したりしなかったりする員数合わせのために存在するだけ。本来ならば、民主党も自民党と同様に省庁に対応した政調会の部会(部門会)があり、その部会で政策を練るはずだが、政調会をつぶしてしまったので勉強するところがない。
自民党の政調会が族議員化したのは事実である。官僚機構の手先になったようなものといえる。だが行政は専門的な領域も多く、法律のひとつひとつの意味、実態、もとの立法の趣旨について、きちんと勉強する機会がないと役人にだまされてしまう。役人は立法のエンジニアであり、素人にはわからない仕組みをたくさん発明する。天下り法人も、巧みに法律に結びついたかたちで必要性を強調されており、それを見抜くことは容易ではない。
「官僚主導から政治主導への転換」は、いまのやり方では無理だろう。 民主党政調会の部会は復活させるべきだと思う。自民党との違いを見せるとしたら、その政調会の部会に官僚を呼び、公開で議論することに尽きる。自民党の部会が族議員の巣窟と化したのは、非公開だったからだ。
僕は国会議員ではなかったが、道路公団民営化委員会の委員として、委員会の審議をすべて公開した。政府の審議会を全面公開したのはこれが最初である。記者クラブに所属する新聞記者だけでなく、フリーの記者も業界紙記者も、誰でも入ることができたのでいつでも四、五十人の記者がいた。地方分権改革推進委員会も、この経験を踏まえて公開した。公開は事件だったと言ってもよい。
以上、『日本の論点』の抜粋である。くわしくは『日本の論点』そのものをめくってみてください。