トヨタの公聴会とファクツファインディング
トヨタの豊田社長がアメリカ議会の公聴会に呼ばれたが、電子制御については実証的なデータ、ファクツファインディングがないのに、感情的に追及されているのはフェアではない。
ただこれは一種の‘戦争’なので、攻め込まれれば、ただ防御するしかないのだ。戦後の日本人は、こうした国際紛争まがいのフリクションに向き合っていない。戦前は、弱肉強食の帝国主義の時代だったから、こんな理不尽なことはあたりまえだった。それで、いつかやっつけてやろう、という感情がふだんはあまり前面には出てこなくても、溜まっていったのである。戦前の日本人は、ジャズや映画でアメリカが好きだった。けれど、日系移民が、南部の黒人並みに差別されていたこともよく知っていたから、屈折も深かった。そのうえで外交でいじめられる、それが、いつか……、となったのが太平洋戦争である。
しかし、あれでガツンとやられたので、もう一度、戦争するわけにはいかない。トヨタの件がこうしたかたちで起きると、日本人の対米感情は複雑にくすぶりつづける。戦争に負けた事実はぬぐえないのだ。いまだに占領されているのだから。昭和16年に、なんとか戦争を回避すればよかったが、その点ではいまの北朝鮮の瀬戸際外交のほうが勝負に出て負けるリスクを未然に回避しているという意味で優れている 。
拙著『ジミーの誕生日』にも書いたが、東京裁判で、アメリカ人弁護士の駆け引きを身近で見た日本人弁護士と被告の戦犯軍人は、我々も、もっと粘り強く外交交渉をしていれば危機を回避できた、と反省した。
公聴会は敵陣だけれど、フェアにやれ、と冷静に正面から訴えるしかないのである。ファクツファインディングに徹することで、フェアであることを雄弁に示していくしかない。
今回の出来事はトヨタだけの問題ではない。トヨタと自分は、特別に雇用関係がない、と思っている人が大部分だろうが、トヨタの問題が日本人と日本国の問題だと気づいたほうがよいだろう。自分は、日本人だからと考えて毎日を生きていないと思っているかもしれないが、それは戦後日本社会の時空でのみとらえているからだ。
『坂の上の雲』のころから現在までをひとつの時空としてみると、いま日本とアメリカで起きていることのほとんどはアナロジーでとらえられる。僕は15年ほど前に『黒船の世紀』を著したが、予見的であったつもりである。『猪瀬直樹著作集12巻』に収録されているのでお読みいただけばありがたい。
日赤病院で内視鏡検査の結果の説明を受ける。異常なし。
西麻布から広尾まで歩くと汗をかくぐらい暖かかった。
| 固定リンク





コメント
佐山です。検査ご無事で何より。私も来週ぐらいにはblogスタートさせます。事務所のみなさまもお元気で!
投稿: | 2010年2月25日 (木) 18時41分
日本とTOYOTA。TOYOTAは日本そのものだなんて言われたりしますね。難しいです。個人的にはTOYOTA車は、ヨーロッパ車の真似をしたようなデザインで、走りも軽くて気持ち悪い気がします。大量生産型の皆にウケる大衆車。本来の日本らしさを追求した車はトヨタじゃないような気がします。
分散投資でトヨタ株を持ってはいますが、いつ手放そうか思案中です。
金融危機やデフレのトンネルを抜けた時、トヨタはどんな位置付けにあるのでしょうか…
投稿: いづみ | 2010年2月26日 (金) 01時39分
吉川です。
トヨタの社長が全責任を一人で受けている姿は、感動しました。猪瀬さんがご指摘の背景がある中、トヨタと日本を背負うイメージで対応されていたきがします。
今の世の中、社会も会社も一人が背負うスタイルになっていないケースが多く、責任の分散があたかも理想のように語られています。それでは、個々の判断が薄れ、全体的に力が衰えていく気がします。強力なリーダーをたくさん生み、たくさん評価できる環境にしていきたいです。
投稿: 吉川健一 | 2010年3月 4日 (木) 17時19分
私も吉川健一さんと同様豊田社長の公聴会での態度に感動しました。
まずは丁重に事故の被害者にお詫びをされた上で悪びれない態度で議員たちの意地悪で容赦ない質問に、悪びれない落ち着いた態度で答えていかれた。
被害者と称する女性証人の恥を知れ!との面罵にも冷静な態度を堅持されていた。
つい先ごろ相撲の世界で、朝青龍の品格のなさが非難の的だったが、じゃあ品格とはどうゆうことなんだ、と開き直られるとどうも説明ができないとひそかに思っていたけど、豊田社長を見て、日本人のいう品格とは何だと知りたきゃ、豊田社長を見ればわかるさ、と今度は自信を持って答えられる
投稿: 蒲池良介 | 2010年3月 5日 (金) 21時46分