« 「インターアクア2010 国際水ソリューション総合展」へ行った | トップページ | 中国人と口裂け女 »

2010年2月19日 (金)

ふらんすへ行きたしと思へども

2月18日木曜日(深夜に書くのでタイトルの日付は翌日になることが多い。念の為)

 全国知事会の出先機関PT(プロジェクトチーム)の会合が午後一時から三時まで。都道府県会館で開かれた。都道府県会館は赤坂見附から永田町へ向かう坂のあたりにある。

 座長は上田・埼玉県知事、出席知事は、北海道知事、香川県知事など。橋下・大阪府知事は欠席。地方分権委員会で出した勧告を現政権が実施すればすむ話ではないか、と僕は意見を述べた。こんな議論を一からはじめていては、地方分権委員会の3年間は無駄になる。自民党政権の時代につくられた委員会の勧告だから、だめだというのはおかしい。自民党政権は、出先機関の削減について、工程表をつくらなかった。逃げたのである。ならば民主党政権でやればよいだけの話だ。

 夜、ホテルオークラで、宇田川悟氏の「フランス農事功労賞」受賞を祝う会が開かれた。村上龍、佐藤可士和、フランソワーズ・モレシャン、妹尾河童、磯村尚徳、矢崎泰久、南部靖之、服部幸應、田崎真也などなど多彩であった。

 宇田川君は1976年にフランスに渡り、2000年まで滞在した。

 宇田川君は1970年を過ぎたばかりのころ、友人の友人ということで飲み友達になった。同い年である。パリに行きたい、とそのころから夢を語った。1976年に彼は羽田から旅立った。心細かったに違いない。成田空港もない時代、パリは遠かった。そして、仕事もさだかならず。 

 電話がかかってきた。撮った写真を週刊誌に売りこんでくれ。僕も無名でコネもさほどなく、パリと連絡もしなければならない。いまの人は知らないが、国際電話は一通話3分、5000円もした。時計の秒針を見ながら深呼吸してから電話をかけた。日本人の給料が5万円か10万円の時代である。

 出会ってから40年、あっというまである。

 乾杯の音頭をとれ、ということなので、諳じていたつぎの萩原朔太郎の詩(大正14年)の話をした。

 ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりにも遠し

 せめては新しき背広をきて きままなる旅にいでてみん。

 宇田川悟の著書は、文学を気取ったものではない。フランスの食文化について洞察が深いものが多い。なお夫人は、エッセイストの吉村葉子。内助の功というか外助の功が大きい。新刊は「フランス料理 二大巨匠物語」(河出書房新社)。

|

« 「インターアクア2010 国際水ソリューション総合展」へ行った | トップページ | 中国人と口裂け女 »

コメント

ほんのちょっとだけフランスの片田舎、アヌシーという街に住んでいたことがあります。
フランスのスーパーの鶏肉コーナーは辞書無しでは何を買ってしまうか不安でした。
いわゆるチキンは少なくて七面鳥や鳩やその地方の野鳥みたいなのがいっぱいでしたから…。
フランスには美味しいものがいっぱいありました。
街のスーパーのお惣菜コーナーはデパ地下みたいでした。毎日、買い物に行くのと料理するのが楽しかったです。

マクドナルドは郊外にしかありませんでしたね(街中に出来るのには大反対だったらしい)。
たまには良いんだけど…。
フランスは京都と感じが似ていて好きです。

投稿: いづみ | 2010年2月19日 (金) 15時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/552820/47605342

この記事へのトラックバック一覧です: ふらんすへ行きたしと思へども:

« 「インターアクア2010 国際水ソリューション総合展」へ行った | トップページ | 中国人と口裂け女 »