東京都職員の夕張派遣、2月11日は何の日?
2月10日水曜日
夕張に2人の職員が東京都から常勤で派遣されている。
それとは別に今年も雪かき隊を送る。2年前、夕張の市営プールの屋根が落ちた。雪下ろしの委託費がないからだ。そこで研修ということで短期間の派遣を考えた。秋には廃校の片づけ、夏にはメロン農家の手伝い。
今度の雪かき隊は10人だが、夕張のゆうばりファンタスティック国際映画祭の手伝いもする。
都庁の四階の会議室で、男女10人の若者と顔合わせ。いずれも志願者である。
正式には「タイムリー研修」という。「地域での活動を通じて都政を考える」と題して夕張市に2年間、派遣されている鈴木直道君から、夕張の現況を説明してもらうのだ。
「この間、氷点下26度になって、アパートの壁がドカン、ドカンと不気味な音がした」
夕張市役所の暖房は夕方に切れる。その後、夜10時ごろまでスキーウエアを着て仕事をするのだ。新宿の高層ビルにいてはわからない地方自治の現場を体験することが研修目的である。
今週金曜日の東京新聞夕刊の連載コラム「放射線」に、先ほどもう少し詳しく書いて原稿を送ったところですのでご覧ください。
コラムに書かなかったことを記したい。
若い職員に言った。
石原慎太郎が「文學界」の今月号に、「再生」という題の小説を書いている。眼が見えない、耳が聞こえない人の物語です。
ヘレン・ケラーという女性がいましたが、日本全国に2万人、そういう人がいる。東京に2千人。そういう人がいる、と感じること。その内側から世界を見ること。
夕張にいくことも、同じ、そちら側から世界を見ることなのです。
それから、歴史を感じること。石炭を見ること。これは昨日の世界です。夕張には歴史の地層が露出していると思ってください。
太陽光パネルの設置業者から電話が入り、「明日は雨なので工事は延期」。せっかく祝日をあてておいたのに残念。天気予報にもとづき屋外工事は土曜日と日曜日に変更された。
仕事場で雑誌を整理していたスタッフが、漫画家のやくみつるさんが送ってくれた古い「文藝春秋」を入れたダンボール箱が出てきたという。フジテレビのコメンテイターでいっしょに並んでいたことがあったな。やくさんの手紙に「商店街の人からもらったのだけれど、猪瀬さんなら役立ててくれる」と送られてきたのは十数年も前のことだった。ゴメン、そのままになっていた。
その一冊をふと手にした。昭和34年新年号。ということは1953年12月10日発売号。
皇太子ご成婚が4月に控えている。美智子妃の嫁入り。
「この頃の皇太子殿下・小泉信三」とか「健康な庶民の血」とか「日清製粉という会社・三鬼陽之助」とか、なかなか直接的なタイトルに笑ってしまった。
広告のページが切ないような。「テレビはナショナル、アメリカへ持って帰りたい」
14インチ 、63000 円もする。
「テレビはゼネラル、一人息子…のように可愛がっていただいています」
14インチ 、62000 円。
給料が1万か2万円の時代。白黒テレビは高価だったが、4月のご成婚を見るために金持ちも貧乏人も、こぞって買ったのである。
2月11日は建国記念日。戦前は紀元節と呼ばれた。
「紀元節についての私の信念・三笠宮崇仁」
三笠宮は昭和天皇の末弟である。紀元節反対、と皇族が雑誌に書いている。これも直接的なタイトルで、そんな時代だったんだなあ、と思った。
古い雑誌はおもしろい。それにしても「文藝春秋」は厚さも表紙の雰囲気も、折り畳みの目次も、いまとまったく変わらないことに驚いた。
興味のある方は拙著「こころの王国」(文春文庫)を手にとってみてください。「文藝春秋」を創刊した菊池寛と女性秘書の物語です。
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